東京のIT社畜がアル中になって入院してみた 信濃病院編

前段までの内容はこちら

これまでの僕の経歴を簡単に書いておこうと思う。


簡単な経歴

2013年に新卒で某大手IT企業(六本木)に入社、そこで4年勤め上げた。
それから、このブログにもあるように日本、インドと放浪の生活を続けた。
2017年9月に広告系IT企業(六本木)に入社して、体調を崩しながら働いたが半年で退職。
2018年9月にまた某大手IT企業(二子玉川)に入社した。

が、、、急性すい炎を二回連発し、試用期間中だったため自主退職を選んだ。

そこからはLancersで簡単なバイトとこのブログ、Androidアプリ開発をしたりRubyを学んだりしながら過ごしている、

というのが今のステータス。

アルコール依存症と気づくまで

僕の飲酒がひどくなったのは、2016年の12月、右足に大やけどを負った事件からだった。

そのときは重傷で歩くこともままならなかった。そこで自宅療養となった。

「暇だから、朝からハイボールを飲む」

という悪習慣を覚えてしまった。

それからなんとか普通の飲酒をしていたが、

一番ひどくなったのは、身内の不幸があったときだった。
あれよあれよと気分が落ち込み、それを紛らわすために酒を飲んで、Youtubeを見て過ごす。

その間だけ不幸を忘れられる気がして・・・

メンタル系のクリニックでは、「アルコール依存症」と言われ、久里浜医療センターに入院。
それをするも、1ヶ月少しで強制退院となってしまった。
(そのくだりはこちら)

やっぱり、退院して自宅に戻ってから、「あぁ、自分はアル中だ」と認識を強めた。


信濃病院へ入院

そして、今、長野県東御市内にある信濃病院というところに断酒のための入院をしている。

ここ信濃病院には「強制退院」がない。つまり、飲酒すればそれだけ入院期間が伸びる。

患者のなかにはもう3年、ここで入院している、という人もいる。
1年なんてざらである。
でも、僕はきっちりここで3ヶ月で退院するつもりだ。

常勤の医師は一人しかいないし、設備も古い、入浴も週2回と限られている。それも不安である。

久里浜医療センターに比べるとかなり年配の方が多い印象だ。
ほぼ老人ホームと化している印象がある。

後になって考えてみれば、人にはいろんな人生もあるし、むしろ僕は20代のうちに壮絶な体験をできて逆に幸運だったと思うようにしている。

次は、この信濃病院についての記事を軽く書いてみたいと思う。

お楽しみに!!

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください