【長野県】信濃・大石城跡【東御市】

今回もまた名もなき小城跡を訪れました。
信濃・大石城跡です。GoogleMapを頼りに歩くこと20分。大石城の跡地にたどり着きました。
住宅街のど真ん中に位置していました。



信濃・大石城跡


小さな灯籠?が目印。特に解説板も建っていないので分かりづらい。しかも住宅街の中にあり、ほとんど地元の人しか知らないんじゃないんだろうか。
それでもGoogleMapアプリで「城跡」と検索したら出てきたので1時間の散歩で行ってきました。

僕がよくお世話になっている城郭放浪記では、詳細は不明で、
城主である大石太郎は、禰津(ねづ)氏に滅ぼされたそうです。

1457年~1460年(長禄年間)には禰津宮内少輔(ぐないしょうゆう)の代官である、岡村四郎兵衛、文正元年(1466年)頃には岡村四郎左衛門時則が居たという。更に詳しい考察はじょっ、信濃備忘録。 大石城@東御市滋野
に詳しく載っています

「長野県町村誌」の「大石氏城跡」に「大石組人家の西路傍の田間にあり。東西二十間、南北三十間、四方石塁存し堀の形跡あり。少し高地にして城畑と称し北に外城の名あり。里老伝曰、大石太郎なる者住して祢津氏の為に滅ぶと、其伝詳ならず。長禄中(1457~59)祢津宮内少輔代官岡村四郎兵衛居住す。文正の頃(1466)岡村四郎左衛門時則あり。」とあり、「小県郡誌」ではさらに「…これら防備を施したる邸宅を城と呼びなしたる遺構にして居館の址にて城塞にはあらざるべし。」という。

(引用: じょっ、信濃備忘録。 大石城@東御市滋野より)


城主
  • 大石氏
  • 岡村氏
遺構らしき跡は不明


こちらは遠景の画像、このあたりに石塁と堀があったのだろうか。
しかし、周囲には「城畑」、「外城」などの地名が残っているそうだ。


ちょっと突っ込んで見ると、うーむ、石塁らしきものはあるが、遺構としては不十分な感じ。
でも、ここに確かに、信濃の地侍の城があったことは確からしい。城、というよりかは周囲を堀と石塁で固めた館の跡があったのではないかと推測する。

信濃・大石城跡までのアクセス

最寄り駅(直線距離)
0.8km 滋野駅
3.4km 田中駅
5.6km 小諸駅
5.6km 小諸駅
6.6km 大屋駅

(城郭放浪記 | 信濃・大石城 より引用)

以上、信濃・大石城に行ってみた日記でした。

参考資料

コメント

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