赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第7話

このお話は
赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第6話の続きとなります。



第6話からだいぶ時間が経ってしまいましたが、先日キャメルサファリの時にお世話になったインド人「ベンガリー」からfacebook messengerで、

「おい、お前いつ家族連れてインド来るんだよ!」とせっつかれたり、「続きを書いてほしい」というお声をいただいたので、思い出しながら書いてみる次第です。

ちなみにベンガリー(26歳??)は時々軽いノリで営業電話をかけてきます。

ジャイサルメールといえばキャメル・サファリ

ジャイサルメールといえばキャメルサファリ

ラクダにまたがり、広大な砂漠を行く

前回の後ろにも書いていましたが、キャメルサファリはラクダの背中に乗って砂漠をひたすら歩き、現地の村々を巡るツアーです。
今回は初めて、ということで村に一泊するプランで契約。
自分は3000ルピーで契約。
現地に招いてくれた友人セタン曰く「それはボッタクリ」という話らしい。

詳しくは他のインド滞在記を読んでいただくか、第6話を読み返していただければ。

夢だった「砂漠をバイクでブーン!!」

HONDA HERO

インド産バイク、ホンダHERO

前回登場のゲイとともに、キャメルサファリのスタート地点であろうタール砂漠の端っこにたどり着いた。
そこでゲイのバイク(HONDA HERO インド産バイク)を借りて、乗りこなして見せた。

砂漠の真ん中の一本道を、世界のHONDAにまたがり、時速60キロまで加速!!(当然ですが自己責任です)
日本の山道と違って砂漠のゴツゴツした石ころと、独特の砂塵がすごくてタイヤをとられそうだったが、難なく乗りこなして戻ってみせると、
さすがに驚いた顔をしていて

「すごいな、お前クレイジーだな・・・スピード出しすぎだ」

と言われた。今にして思えば、ケガしたら終わりなのに、よくやったものだと思う。

この旅の大きな目的であった、砂漠をバイクでブーン!!するという夢が叶った瞬間であった。


いざ砂漠へ!

そんなこんなしているうちに、5~6頭のラクダの集団が歩いてきて、僕は「ほーっ・・・」と思いながら眺めていた。

そして一人の細長いおじさんがやってきて「やあ、ぼくベンガリー、よろしく・・・」と言った感じで挨拶してきた。

ゲイは「んじゃ、あとよろー!!」みたいなテンションで帰ってしまった。

とりあえずベンガリーのラクダの乗り方指導が軽くあって、背負ってきた荷物や運んできた食料は全部ラクダのコブに引っ掛けて、自分もラクダのコブの間に座る。

ベンガリー「・・・じゃあ、おちないように、つかまって」
ぼく「はい」

と言ったら、いきなりラクダが

ぐぅわっ!!

としか形容できない勢いで立ち上がった。後で聞いたが、ここでビビって落ちる人が多いらしい。

バイクにまたがる感覚で、しっかりと足腰をつかってニーグリップを意識していたので僕は落ちないで済んだ。

それにしてもベンガリー、無言である・・・。

砂漠をラクダに乗って歩く

ジャイサルメールの砂漠をラクダで歩く

ラクダはベンガリーの手に引かれて進む。筆者の行った時期は季節風が吹く季節で、砂漠には砂塵が巻き起こるのはもちろん、時折小さな竜巻が発生している。僕はコンタクトレンズでかなり砂に弱い目だったけど、日本で買ったバイク用ゴーグルが大活躍してくれた。

砂塵含む風が体に打ちつけられることもあったけど、砂漠を楽しむのには気にならない程度だった。

何より生まれて初めての大砂漠。鳥取砂丘など比べ物にならない砂丘群と、見渡す限りの砂の地平線。

映画で見る砂漠のように無限に砂が広がっているわけではなく、実際には枯れ木や、乾燥に強い木や草花が点在していた。それでも充分「砂漠」である。

砂漠にはいろんな種類の動物がいた。野生のヤギの群れ、シカの群れ、イノシシのような豚の群れ、牛の群れ。運がいいとキツネも見られるそうだ。
また、野生のラクダの群れもいた。ラクダの一群が通過した時に「これは飼われてるの?(Are they owned?)」とベンガリーに聞いたら

“Wild.”

と一言。

まあ無口な人だと思っていたが、このあと全然そんなことないことが分かる。

途中で料理に使うための薪を集めるためにベンガリーと僕とラクダの一行は小休止。ベンガリーは薪を集めている間、僕はポケットに忍ばせたウィスキーを飲みながらタバコを吸っていた。

するとベンガリーが、

「酒、飲みすぎるな、水が貴重だから」

と警告してきた。なるほど、よく考えれば砂漠では水は貴重で、ラクダに積まれた荷物にある2リットルのミネラルウォーター2本が唯一の水分だ。アルコールの分解に使われる水分はただの浪費で、命に関わる。そう考えて僕は飲むのを辞めた。

ジャイサルメールの砂漠、スーダサリ砂漠

砂丘から地平線を眺めると、西部劇に出てくる枯れ木の丸まった物体が風に飛ばされて駆け抜けていった。

おお、、、砂漠感すげぇ・・・・

などと関心。

ラクダはそのへんの草を食んでいた。よく見るとかわいいやつだ。

その後、途中の集落でまた休憩して、水を補給。こんな砂漠のど真ん中に暮らす人間がいることの方が驚きなのだが、ラクダとともに暮らしているようだ。ところどころにこうした集落があった。おそらくほぼ皆、キャメル・サファリで生計を立てている家庭なのだろうと思った。だからあえて砂漠のど真ん中で生活しているのかもしれない。

スーダサリ砂漠

またラクダはのそのそと砂漠を歩き、やがてベンガリーの住む集落へたどり着いた。

駆け寄ってくる砂漠の子供達。どこの国に行っても子供の笑顔にはホッとさせられるものがある。安全地帯である証拠だと思う。

砂漠の子供達と戯れる

ベンガリーが「今日は君はゲストで、家族だ。何かあったら遠慮なく」と言って晩ご飯の準備へ。僕はコンクリートで作られた小屋で寝泊まりすることになった。ベンガリー達の家族は土でできた家で暮らしているのだろうか。

砂漠の民の子どもたち

僕がコンクリ小屋で一息ついていると、集落の子供達が窓や扉から覗き込んできた。保育士を目指したくらい子供好きだったので、「おいで、あそぼう」と手招き。女の子が恥ずかしそうにしながらやってきた。見た目は6~7歳。他にも4~5歳の女の子男の子がやってきた。

英語はほとんど分からないみたいだが、7歳くらいの女の子は唯一片言の英語が分かるようで、身振り手振りでやりとり。
彼女は僕のiPhoneの写真が気になるようだ。しきりに「Photo!!Photo!!」と言っていたので見せてあげた。

日本の様子を見せると、しげしげと覗いていたので、僕はiPhoneを彼女に渡して他の子供達と遊んだ。
ゴムまりでのキャッチボールだったり、鬼ごっこだったり。

そんなことをしていたらベンガリーがやってきて、子どもたちに部屋から出ていくように注意した。
僕は「気にしないよ、子供と遊んでるほうが楽しい」というと、

「でも君はゲストだし、子供の相手も疲れるでしょ」

というので、子供が好きで遊んでる、疲れてない旨を伝えると、「君はファミリーだ」というようになった。

そして、ベンガリーの弟(15歳)がやってきた。足に包帯を巻いていて、松葉杖をついていた。
一瞬、(ここはパキスタンとインドの国境付近だから、なにかあったのかもしれない)と身構えたが、単純に「バイクで転んだ」という事らしい。安心した。

15歳の弟は、おそらく集落で一番英語を理解している人間だった。
ベンガリーの奥さんにも英語で話しかけたが、言葉が分からないのか、宗教上の理由なのかわからないが微笑んでそそくさと行ってしまった。

まあ、インドで「弟」というと血がつながっていなくても弟、というので真偽のほどは不明。

この15歳の少年の問いで印象的だったのは

お前の村では、何人が住んでいるんだ

という質問だった。

村?!

村単位で自分のすみかを考えたことはなかったが、、、東京に住んでいたので、ざっと2000万人、うち中野区で住んでいるのは100万人?地元の山梨の町だと1万人??

という感じで答えたら、「多いね」と驚いていた。


ラクダが怪我をして・・・

ベンガリーの奥さんが準備してくれた夕食はカレーでした。カレーとナン。美味しかった。現地飯はなぜこうもうまいのか。
食事を終えると、ベンガリーが申し出てきた。

「僕、字が読めないんだ、でも、英語でメールが来てるから、読んでくれないか?」

と言ってきた。そういう事情なら仕方がない、読みましょう、という事で彼のGmailを開いてあげた。
回線は現地の回線をテザリングして、持ち歩いていたMacBookAirでGmailを開いた。

「この人達からメールが来ているはずなんだけど・・・・」と、紙片を渡された。カナダ人、アメリカ人、オーストラリア人のメールアドレス。。。いかにも、という感じの国々の面々だ。
彼らのメールアドレスから何件かメールボックスに入っていたメールがあった。
それを読み上げてあげる。だいたいは「砂漠での体験はとても楽しかった、またキャメルサファリをしたいよ、おもてなしもありがとう」という内容だった。

ベンガリーは「それは本当かい?!」というと、更にお願いをしてきた。

「『2頭いたうちの1匹のラクダが足を怪我してしまって、それが元で死んでしまった。生活に苦しんでいるから、お金を送ってほしい』って、書いて送ってくれないか?」

この時はまだ疑問には思わなかったのでそれをありとあらゆる人に送るという作業をした。人助けだと思ってそんなメールを何人かに送った。

今にして思えば、それは貧しさから来るお金の無心の手口だったのかもしれない。2年経った今も時々そんなメールが来る。

ビデオ通話でも言われたwww

「それ二年前も同じこと言ってたじゃん」

と突っ込むと、ニヤニヤするベンガリーなのであった。

キャメルサファリを楽しんだ後は村人と交流

左の子は今も時々連絡をくれるベンガリーの弟

砂嵐の中でも眠るのが砂漠の民

そんなこんなで夜もふけって、僕はTwitterを覗きながら次のアクティビティを探していた。
その時間になると、砂嵐が起きて外で活動できなかった。

だが、ベンガリー達の家族含め、集落の人たちは皆どこからかベッドを運んできて、それを家の前、つまり外に並べていた。

「皆、家の中で寝ないの?僕の部屋なら砂も気にならないよ?」というと、

「いや、僕らは砂の中で寝るのが好きなんだ」

とベンガリーは答えた。

砂の中で寝るのが好きだなんて、なんてそれっぽい砂漠の民なんだろうと思った。
これはそのとおりで、集落の皆は砂塵が吹き荒れる中、ベッドに潜って寝ていた。

僕はタバコを吸って、少しばかりのウィスキーを寝酒に眠りについた。

以上、赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第7話 でした。

長らく赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第6話 から続編を書いていませんでしたが、久々に続編を書いてみました。

だいたいこのへん

今回から訪れた場所のMapを載せてみたいと思います。

赤坂の元社畜が嫁を探しにインドまで来てみた 第8話 へ続く

これまでのあらすじ

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