1年2ヶ月ぶりにWeb/Androidエンジニアとして社会復帰した話

最近忙しくて、このブログの更新も滞っていました。なぜなら3月から社会復帰を果たしたからです。
失業保険でのうのうと暮らしていた日々から一転、週5でフルタイム勤務をするという事がいかに大変かがわかりました。

負傷がきっかけ

僕の身体と心がおかしくなり始めたのは、2017年の1月頃。とある負傷がきっかけだったと思います。
【負傷日記】右足に大火傷を負った記録【反省】

その後、ズルズルと自分の身体と心の変化を無視して、働き続けて、最後にはアルコール使用障害に伴う急性すい炎を2回も起こして、社会からフェードアウトしました。

ここには書けないような凄い出来事もありました。

不幸に不幸が重なり、精神がぶっ壊れていきました。息をつく間もない間に、普通の人なら経験しないような不幸を経験しました。
おかげで多少誰かが悩んでいても、「なんだそんなことか」と思うようになりました。

ただ、他人には他人の人生があります。だから僕は話を聞くようにしました。

身体の傷は時間が経てば治るけれど、心の傷はものすごく重く、すぐには治らないものがほとんど。

それから入退院繰り返す事5回

急性すい炎を起こして救急車で運ばれた事をきっかけに、僕の1年に及ぶ入院生活が始まりました。
理由は、よくある「酒の飲みすぎ」。

酒を飲まなければやっていけない苦しい状況が、周囲を取り巻いていたとはいえ、最終的にくだされた精神障害の病名は「アルコール使用障害」。要するにアルコール依存症・・・。
当初は内科入院をしていました。
しかし、そのうち精神に問題があることがわかり、精神科兼内科の病院に転院。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と、アルコール依存症治療が始まりました。

しかし、何度も何度もつまづいて、飲酒を繰り返し、全く治る気配はありませんでした。もう僕は人生を半分以上諦めていました。
壮絶な体験から、今後の人生は早く終わらせるべきだ、、、という考えが頭を支配。鬱でした。

最後の入院からの生活

最後の入院からの生活は、僕には失業給付があったのでなんとか成り立てられました。ただ、失業給付が実際に振り込まれるまでは無収入、これでは生きていけません。

そこで僕はリハビリも兼ねて、もちろん医師の許可も得て日雇いのバイトをして過ごしました。

週に4日もはたらけば、クタクタでした。

それでも僕は、またかつての戦場に戻りたいと思い求職活動を続けました。

社会復帰

そんなある日、求職活動を続けていたある会社から、内定がいただけました。
ものすごい喜びとともに飲酒欲求が沸きましたが、すぐにAAに参加してそれを抑えました。

それからというもの、僕の唯一の財産であるmac book airを片手にRuby on Railsの猛勉強。
朝起きてターミナルと向かい合う日々でした。

これからの働き方

今会社で求められているポジションはRailsエンジニア兼Androidアプリエンジニア

まだまだぜんぜん世の中の動きについていけていませんが、キャッチアップを続ける毎日です。
Railsとはいえ、無知識のWebFEの知識も求められているので広範囲で動いています。

ただ、これまでのような働き方、例えば身内に不幸があったとしてもそれを隠してでも働き続ける、ということはやらないようにします。

そして疲れたら休む、具合が悪い時に無理にパフォーマンスを出そうとしない。

昨今の新型コロナウィルスの話題が多い中でしたが、久々に記事を投稿してみました。

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